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レオパルド・ゲッコーのお散歩写真

その辺の道ばたで撮ったお散歩マクロ写真など・・・

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視点と視野について。 

Swallowtail
(camera: panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8)

視点と視野。
写真を撮る人にとっては意識するのが当たり前のことかもしれませんが、今回はそれを考えてみたいと思います。

写真を撮る上で非常に重要なのが、どこから撮るのか(視点)、どの程度の範囲を撮るのか(視野)ですが、これらは当たり前のようでいて本当に徹底しようとしたら非常に難しいことだと思います。

例えばその辺で手頃な昆虫を見つけて真横から大写しで撮ろうと思ったとします。虫ですから自分から横を向いてくれるはずもありませんし都合の良い高さに移動もしてくれませんから、自分で真横から取れる位置に移動して適切な高さに手ぶれしない姿勢を作ってカメラを構えなければなりません。
それはそれで大変なことではありますが、これは肉体的に大変だというだけであって写真を撮る上では本質的な問題ではないと考えています。もっと重要なことは、本当に真横からのアングルで大写しで撮るのが正しい撮り方なのか、ということだろうと思います。

斜めから撮るべきかもしれませんし、真上から見下ろしたり下から見上げたりするべきなのかもしれません。もっとぐっと寄るべきなのかもしれませんし、思い切って下がって背景を活かすべきなのかもしれません。これは被写体の形にもよるでしょうし、その場の光の当たり方や背景の状況によっても違ってくるでしょう。

以前目にしたブログで「50枚ドリル」という練習法を実践しておられる方がいらっしゃいましたが、これは素晴らしい練習法だと思います。要は同じ被写体を違うやり方で何が何でも50枚撮りきるという練習法なのですが、これは言うなれば強制的に視点や視野を変えて撮る練習です。これを繰り返せば、一見まったく同じ被写体であっても撮り方によってその表情がまったく違ってくるということがよくわかるようになるでしょう。「同じものである」というのは脳が勝手に同じものだと認識しているだけであって、実際に目にする光景は視点や視野によって全然違うものになったりするからです。同じチョウであっても、横から見たのと後ろから見たのでは全然イメージが違うのです。
撮っていくうちに始めに考えた撮り方が間違っていたことに気がつくかもしれませんし、最初の直感が正しいかもしれません。答えは一つだけではなくていくつもあるかもしれません。その時は答えが見つからなくても、時間帯を変えるともっと良い答えにたどり着けるかもしれません。
答えにたどり着くのも大事なことですが、もっと大事なのはその過程でしょう。つまり、こういう訓練を積み重ねることによって、視点や視野を大きく変えて物事を多角的に見るという考え方を身につけることができるのです。これはあらゆるシチュエーションで有用な考え方だと思います。

一つの考え方や方法に固執するのではなく、なるべく柔軟に被写体をいろいろな視点や視野で見ることによって、より良い結果を得られる可能性を引き出すことができるだろうと思います。

Posted on 2012/05/22 Tue. 13:13 [edit]

thread: お散歩写真

janre 写真

ブラックボックス。 

Sakura #2
(camera: Panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8)

カメラの進歩とは何だろうと考えた場合、いろいろな見方があるだろうとは思いますが、一つの視点として「ブラックボックス」との戦いであったということが言えるかなと思います。

これはどういうことかと言いますと、昔のカメラはフィルムを現像してみるまで何が写っているのかわからない、そもそもちゃんと写っているかどうかすらよくわからない代物だったわけです。
素通しのファインダーで見てピントを目測で合わせて露出も勘で撮った場合は、ピントが合っているかどうかわかりませんし、出来た写真は真っ白だったり真っ黒だったりするかもしれません。枠だけのファインダーでは撮影範囲も正確ではありませんから、余計なものが写っていたり欲しいところが写っていないかもしれません。

ところがカメラは進歩して一眼レフという機構で撮影レンズを通した光景を見ることによってピントや被写界深度や撮影範囲をかなり正確に確認できるようになり、露出計を内蔵し自動露出機能を得て真っ白や真っ黒写真を撮ってしまうことはなくなりました。
このようにカメラは進歩するにつれて撮ってみなければわからないという部分、つまりブラックボックスの部分をどんどん減らしていきました。

特に一眼レフの機構は優れていて従来の機構が持っていたブラックボックス的な部分をかなり払拭はしましたが、一つ問題が残りました。内蔵露出計と自動露出機能で真っ黒や真っ白写真を撮ることはなくなったとしても、一眼レフの光学ファインダーでは写真がどのくらいの明るさで写るのかまではわからないということです。写真は絞りとシャッター速度の組み合わせによって明るく撮るのも暗く撮るのも自由ですが、光学ファインダーは明るいところでは明るく見えて暗いところでは暗くしか見えません。

写真とは必ずしも目で見えた通りに撮るばかりではなく、あくまで光を使った表現の一種だと考えれば、肉眼で見たままにしか見えない光学ファインダーは写真を撮るためのプレビュー機能としては不完全なものであると言えます。光学ファインダーで確認できるのは、適正露出からどのくらい離れているかという画面外での目安程度しかありません。目安だけで撮るという意味では、目測ピント機でピントを合わせるのと似たような状態とも言えるでしょう。
光学ファインダーにとっては、明るさに関してはブラックボックスのままなのです。

この問題を解決できる能力を持っているのが電子式ファインダー(EVF)、つまりミラーレスカメラのファインダーです。
EVFは写真が明るく写る設定にすれば明るくなりますし、暗くすれば暗くなります。これは特に輝度差が大きな場面や、意図的にどこかを明るくしたり暗くしたい時に有効なものです。
EVFにとっては、写真の明るさはもうブラックボックスではありません。写真を撮るにあたってのブラックボックスがまた一つ減ったのです。

ミラーレス時代のファインダーは、ピントや撮影範囲を合わせるためだけのものではなく、明るさを合わせるためのものでもあると言えるでしょう。ファインダーでピントや撮影範囲を合わせるのは当たり前のことですが、それらと同じ感覚でファインダーで明るさを合わせるのも当たり前という時代になるのでしょう。

Posted on 2012/04/16 Mon. 13:43 [edit]

thread: お散歩写真

janre 写真

tag: ひとりごと  写真  カメラ  マイクロフォーサーズ 

カメラのデザイン。 

Dandelion
(camera: Panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8)

今回はお散歩マクロに最適なカメラのデザインはどういうものかについて考えてみたいと思います。
これまではカメラの中身、つまり機能や性能的にマイクロフォーサーズを始めとしたミラーレスカメラがお散歩カメラとしていかに優れているかについていろいろと書いてきましたが、今回はカメラの外側、デザインについて考えてみます。

お散歩マクロに有用なものとして、電子式ファインダー(EVF)とフル可動の背面モニター(いわゆるバリアングル式)がまず挙げられます。これらがお散歩マクロを撮るにあたっていかに便利なものであるかはこれまでの記事で何度か書いてきましたので詳しい説明は割愛しますが、この2つは搭載されているのが前提として話を進めます。

まずグリップの形状。ミラーレスは小型ではあってもレンズ交換式カメラですから、右手で持つ部分に関してはしっかりしたグリッピングや取り回しを考えるとコンデジのように完全に平らなものではなくてある程度の出っ張りはあった方が良いだろうと思います。では一眼レフのように大きなグリップであれば良いかというと、そうではないというのがわたしの考えです。ミラーレスカメラでは手持ちで背面モニターを使ったライブビュー撮影も得意分野なので、それを活かすためにはライブビュー撮影も視野に入れたグリップ形状が望ましいと思います。一眼レフのように大きなグリップでは手全体でグリップを握りこむことによって手首が固定されてしまい、せっかくアングルが自由になるライブビュー撮影のメリットを十分に活かせなくなってしまうのです。一眼レフではライブビューは必要ないと言う人がたくさんいますが、それはつまり一般的な一眼レフはライブビュー撮影を視野に入れてデザインされていないのでライブビュー撮影がやりにくいからです。ライブビュー撮影そのものが悪いわけではありません。
ファインダーと背面モニターの両方を使ったグリッピングを考えると、グリップはサイズが大きすぎず前に出っ張り過ぎない若干平べったい感じのものが理想だろうと思います。確実にグリップできることと、自由な角度でグリップできること。これは相反するものですから、そのバランスをいかに上手く取るかがポイントになってくるでしょう。

次にモードダイアルの位置。お散歩写真では気軽に撮ったり気合を入れて撮ったりと、状況に応じて写真に対する集中力が柔軟に変化します。その集中力の変化に応じてプログラムモードや絞り優先モードなどを簡単に切り替えられるようになっているのが望ましいです。撮っている最中にもここはきっちり追い込むべきだと気持ちが切り替わることもありますから、ダイアルの位置はグリッピングの形を大きく崩さずに簡単にモードを変えられる場所、つまり右手の親指を少し伸ばせば回せる場所にあることが望ましいと思います。
(コマンドダイアルはもっと重要ですが普通はコマンドダイアルが変な位置にあることはないのでここでは触れません)

そして各種ボタンの位置。お散歩マクロは撮影条件が厳しいことが多く、ISOやAFポイントなどを頻繁に微妙に操作する必要があります。ボタンが不規則に散らばって配置されていたり、カメラを構えたままでは指が届かない場所に配置されていたり、人間工学を無視しておかしな場所に一直線に配置されたりしていると、そういった微妙な操作に支障をきたします。構えを大きく崩さずに軽快に確実に操作出来る位置にボタンが配置されているかというのは重要なポイントです。

ミラーレスカメラはその構造上、精密な撮影が得意であり、撮影アングルの自由度が非常に高いという特徴があります。精密かつ自由であることは、お散歩マクロにおいて非常に強力な武器となります。これらのメリットを十分に活かすにはカメラの中身の性能を上げるだけでなくデザインでその機能性をアップさせるというアプローチも必要だろうと思います。
最近ミラーレスのデザインにおいて機能性よりも外観上のインパクトなどを優先させる傾向が一部に見受けられますが、今後ミラーレス市場が成熟してくればミラーレスとしての機能性を洗練させたデザインのボディももっと出てくるものと思われます。それはすなわち写真機として新しい方向への更なる進化を意味します。そうなれば、お散歩マクロのみならず写真の世界はさらに一歩前に進むことが出来るでしょう。

Posted on 2012/04/10 Tue. 14:16 [edit]

thread: お散歩写真

janre 写真

tag: ひとりごと  写真  マイクロフォーサーズ  カメラ 

現実と虚構。 

Sakura
(camera: Panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8)

何だか小難しいタイトルが続いて恐縮ですが、特に難しい話ではありません。

突然話が飛びますが、例えばSFものやファンタジーものの映画で、第1作が面白かったのに第2作以降がいまひとつだと感じることはないでしょうか。
これにはもちろんいろいろな理由があると思いますが、第2作以降はあまりにも虚構の世界に始めから浸かりすぎてしまうので主人公や世界観に今ひとつ感情移入できなくなってしまうというのも理由の一つに挙げられるのではないかと思います。
いきなり非現実的な話が炸裂してもたいていは視聴者がついていけませんから、第1作においてはまずは現実っぽい雰囲気から徐々に虚構の世界に連れて行くという手法をとるものが多いだろうと思います。が、第2作以降で同じことを繰り返すわけにもいきませんから第2作では第1作の後半で連れていった場所からさらに先に行かなければなりません。つまり現実世界から始めから離れてしまっているわけで、そこで置いて行かれたと無意識のうちに感じる視聴者もいるのではないかと想像します。
いかに虚構の物語であっても、深く感情移入するためにはそれなりに現実的なテイストは必要なのではないかと思います。

前置きが長くなりましたが、これを写真に置き換えて考えてみます。

写真の場合は逆に現実世界を切り取っているものが多いのですが、まさにリアルな日常的現実世界だけを切り取った写真、これはあまり面白いものではないでしょう。例えば朝ごはんに毎日納豆を食べている人が納豆を普通に正面からどどーんと撮った写真を見たとして、重度の納豆マニアでもなければその写真に衝撃を受けて感動するとはちょっと考えにくいです。
(余談ですが、チラシなどでよく見る広告写真などはさすがにプロの仕事ですごいものが多いですが、写真マニアならばともかく普通の人はそういうところで感動はしません)
逆に完全に現実世界から乖離している虚構的な写真というものを考えてみます。例えばマクロ写真でボケボケにぼかして何が写っているかすらよくわからないような写真。これは色合いなどを漠然としたイメージとして何となく楽しめることはあるでしょうけれど、それに心から感情移入するのはちょっと難しいでしょう。やはり何らかの現実世界とのつながりがあった方が作品世界に入り込みやすいだろうと思います。

写真は「真を写す」と書きますが必ずしも現実のみを写しているわけではなく、実際には上記のマクロ写真のように現実世界ではありえないものを写すことも簡単にできます。特にマクロ写真においては現実世界を写真に的確に反映することの方がかえって難しいくらいです。
つまり、写真においても現実と虚構の関係は存在するということが言えるだろうと思います。

上で挙げた映画だけでなくマンガや小説などにおいても現実と虚構をいかに上手く織り交ぜるかというのは創作における重要なテーマだと思われますが、写真においてもそれは例外ではないと思います。映画が脚本やCGなどで現実と虚構を巧みに織り交ぜるように、写真家は絞りとシャッター速度を操って現実と虚構を織り交ぜるのだと思います。そういった撮影テクニックの他にも、例えば被写体の選択も同じだと言えるでしょう。めずらしい物を撮るのは日常世界から意識を離すということです。それもまた一種の虚構であるとも言えるでしょう。

思いっきり現実的な写真を撮るのは簡単です。また、思いっきり虚構的な写真を撮るのも簡単です。難しいのは、その両者をほどよく織り交ぜ、バランスをどこで取るのかを見極めることでしょう。そのバランスをうまく取ることができた時、十分に感情移入できてなおかつ退屈ではない写真が得られるのだろうと思います。

Posted on 2012/04/08 Sun. 22:12 [edit]

thread: お散歩写真

janre 写真

tag: ひとりごと  写真 

「表現」とは何か。 

Spring has come
(camera: Panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8)

いきなり大上段なタイトルで恐縮ですが、哲学的な話や深遠な話をしたいわけではなくて、意味がわかりきった言葉のように思える「表現」というものをちょっと考えてみたいという話です。

写真における表現とは何でしょうか。
ファインダーを通して自分で感じたもの、つまり自分の内面を写真にして外に出すことであるとは言えるでしょう。では、それを外に出せればそれで終わりなのでしょうか。
この問に対する答えは、ジョン・レノンの奥さんとしても知られる前衛芸術家のオノ・ヨーコさんのQ&Aがとてもわかりやすいので引用させていただきます。

Q「今までの芸術活動において、人に認められたいと思ったことはありますか?」
A「芸術家にとっては、自分の作品が人と話す「言葉」なのです。だから、作品で何か言っても聴いてくれる人がいなければ、よく駅なんかで立って、独り言を言っている人と同じになります。ヨーコ」

つまり、写真で言うならば、撮ったものをただポンポンと並べた見せっ放しではダメということですね。それではヨーコさんのおっしゃるように、駅でブツブツ独り言を言っている人と同じ事でしょう。どうやったら自分の感動を人と分かち合うことができるのかということを考えて、自分の作品を主観的なだけでなく客観的にも見て練り上げた上で出すのが表現者としての努めと言えるのではないかと思います。
これは写真だけでなく、ブログやTwitterなどでも同じ事だろうと思います。自分の言いたいことしか言わないのであればそれはどこまでいっても単なる独り言であって、表現とは呼べないでしょう。表現、つまり表に現す以上は、現す相手というものがあるわけです。その相手を無視するのであればわざわざ表に現す意味がありませんから、駅まで行ってブツブツ独り言を言うのではなくて自分の部屋でブツブツ言っていれば良いわけです。表現とは表現者の思いを一方的に垂れ流すのではなく、一種のコミュニケーションであるべきだろうと思います。

これはプロならば当たり前のことでしょうが、アマチュアであってもやはり同じことだろうと思います。
自分の部屋でブツブツ言うのではなくて外の世界に出るのであれば、表現者ということではプロもアマも同じ土俵に立っているわけです。自分の部屋でブツブツ言っているようなことを人にも聞いてもらいたいというのは少々虫が良すぎるのではないかなと。外に向かって何かを言いたいのであれば、「表現者」であるための最低限の努力はするべきだろうと思います。

写真においてその努力はどういうものかと考えれば、自分が感じた感動などをどうやったら人と共有出来るのかを考慮に入れることだろうと思います。どこに感動したのかということを自分の中で整理して、そのポイントを端的に的確につかむこと。つかんだものを過不足なく写真としての形にすること。
それがきっちりできれば、「表現」としての良い写真が得られるのだろうと思います。

Posted on 2012/04/07 Sat. 00:20 [edit]

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