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レオパルド・ゲッコーのお散歩写真

その辺の道ばたで撮ったお散歩マクロ写真など・・・

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個性的な写真を撮るということ。 

Sakura
(camera: panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8)

写真に限らず、表現活動をしている人ならば程度の差はあれ誰しもが個性的な作品を作りたいと願っているだろうと思います。
しかしながら、どうして個性的でなければならないのでしょうか?
きれいな写真であれば、没個性であっても良いのでは?

職業的芸術家であれば、個性的でなければ注目を集められず飯の種にならないという切実な理由があるでしょう。
では、飯の種になるかどうかという心配をする必要のないアマチュアの場合はどうなのでしょうか。

これは人それぞれの理由があり、答えは一つではないでしょう。
個性によって注目を集めたいとか、単に他の人と同じものは嫌だとか、いろいろな理由があるでしょう。美しくさえあれば個性などどうでも良いと思っている人もいるでしょう。

わたしの場合は、誰かが撮っているような写真をなぞって撮るのはいろいろな意味で無駄な行為だという思いがあります。
写真雑誌や写真サイトなどでよく見かけるような写真、商用写真でお約束のパターン、そういうものを撮るのであればわたしよりもずっと上手な人がたくさんいます。そういう写真はわたしが撮るまでもなく、もっと上手な人にまかせておけば良いのです。

どうせ写真を撮るからには、自分にしか撮れない写真を撮るのでなければ意味がない。どこかで見たお手本をなぞるのではなく、自分の心で感じたものを正直に表現するのでなければ意味がない。見たことのない写真を撮って、ワクワクしたい。
そう思ってヘタクソな写真を撮り続けています。

Posted on 2010/04/05 Mon. 23:51 [edit]

tag: ひとりごと  写真 

コメント

No title

私も同じような思いを持っております。
私は個性というのは価値観の島だと思うようになりました。自分たちがいるこの大地のような価値観。そこから離れた場所にある島。場所すらわからず見えもしないその島。島に行く方法も知らず、近づくためには自分のやり方を繰り返すことと信じ、創作することにしています。

しかし、それは写真を楽しんでいることになるのだろうかとも思います。決まりきった手順で写真を撮り、決まりきった方法で写真を選別し(ここは少し楽しい)、現像。撮り方の改善を検討し次回につなげる。満足感があり、最後に出てきた写真はとっても好きな感じなのですが楽しんでいるというのとは程遠い感じです。

なので、時々むやみに写真をとって遊んでいた時の事の感動を再現したくコンデジを持っていろいろと写真をとって遊んでみようとしています。でも、これもあまり楽しくない。私は自分を昔感動したちょっとした写真では感動できなくしてしまってましたのです。

いつか気がついたら自分なりの島に辿りつけたら個展でも開きたいなぁと思っています。

kodamatic #79D/WHSg | URL
04/06 09:08 | edit

No title

kodamaticさん、コメントありがとうございます。
写真の楽しみというのも突き詰めて考えるとなかなか難しいものですよね。
撮っている時が楽しいのか、現像している時か、選別している時か、Flickrなどにアップした後の反応なのか、後から反省している時なのか。
個人的には、その全ての作業を心の底から楽しめた写真が自分にとっても他人にとっても良い写真と言えるのだろうと思っております。
(そのあたりについてもいずれ書いてみたいと思います)

leopard_gck #79D/WHSg | URL
04/06 15:00 | edit

No title

皆、色々と試行錯誤しても良いと思いますねぇ
確かに写真を撮るに限らず、その分野にはプロという人が存在します。
では何を持ってプロというのか・・・
自分はけして上手くも無ければ素人の域を全く持って脱していないし
色々な写真を見て真似ている状態ですw

でもその行為が楽しいかといえばけして楽しいモノではないですから
やはり何か変わった事をしてみようと試みても中々どぉして(汗)

人間一生勉強をしないといけないのかなぁって(笑)
考えなくなったら終わりかなぁって(汗)

だからブログを通して色々な人の写真を見て楽しんでいる。
今は常に日々勉強だと思って^^

魔王^^ #79D/WHSg | URL
04/07 20:53 | edit

No title

ゲッコーさんの作品は個性的ですね。
マクロなのにポートレートみたいで。
昆虫や草花が撮られることを意識して、普段は見られない一面を見せてくれている。

19世紀の男 #79D/WHSg | URL
04/07 21:51 | edit

No title

魔王^^さん、コメントありがとうございます。
ただ徒に個性を追い求めるばかりでなく、他の人の良いところを取り入れるとか訓練のために模倣するというのはとても大事なことだろうと思います。
写真に限らず、音楽でも美術でも自己流のみでできることは限られますよね。

leopard_gck #79D/WHSg | URL
04/07 23:18 | edit

No title

19世紀の男さん、コメントありがとうございます。
いやあ、実に鋭いご指摘で、わたしが撮る写真は被写体が何であっても基本的にポートレートだと思っています。
ルネサンス〜バロック時代の肖像画のような雰囲気が出せれば良いのですが、なかなか思ったようには撮れません。

leopard_gck #79D/WHSg | URL
04/07 23:25 | edit

No title

ゲッコーさんの最近の作品はますます純度が高く、Flickr でもため息まじりに観させて頂いています。気品があるし、饒舌さが無く、引き算のたたずまいにブラボーです。なるほどポートレイトですね。プロ・アマに関わらず、対象と対話できる作品が、作品たる価値だと私は考えます。画家フェルメールの自然光の扱いと、玉ぼけ的なハイライトの処理は下絵段階で擦りガラスの暗箱を使用したとの説がありますし、フェリーニやゴダールの映画を観るたびにピクチャーの歴史の重みを感じます。すべて絵なんです。日本人は写真という訳文と記録性にとらわれ過ぎているのかもしれません。あまり専門的な事を言える私ではありませんが。ゲッコーさんの作品をいつも楽しみにしています。

hiroships_0820 #79D/WHSg | URL
04/08 23:04 | edit

No title

hiroships_0820さん、コメントありがとうございます。
「日本人は写真という訳文と記録性にとらわれ過ぎている」、まったく同感です。
記録性は写真のもつ一面にしかすぎないはずなのですが、そこのみが強調されることが多いですよね。

心象風景を表現するために絵筆を使うのが絵画、ノミを使うのが彫刻、カメラを使うのが写真や映画であって、根っこの部分は共通していると思っています。実際、わたしの写真は他の写真作品よりは絵画や彫像などの方からより強い影響を受けています。

leopard_gck #79D/WHSg | URL
04/09 13:42 | edit

No title

monopodともうします。
某サイトにて作品等拝見しております。
作品の素晴らしさもさることながら、コメントにも示唆されることが多く勉強になります。
勝手ながらリンクいただいて帰りますね(^^)b
更新楽しみにしてます。

monopod #79D/WHSg | URL
05/11 13:46 | edit

No title

monopodさん、コメントありがとうございます。
いやあ、monopodさんほどの腕前の方にそのようなことを言われますと恐縮至極です。
よろしくお願いします。

leopard_gck #79D/WHSg | URL
05/11 22:04 | edit

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