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レオパルド・ゲッコーのお散歩写真

その辺の道ばたで撮ったお散歩マクロ写真など・・・

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選ぶ。 

Emergence #1
(camera: panasonic LUMIX DMC-G1 lens:LEICA DG MACRO-ELMARIT 45mm/F2.8 flash:FL-36R flash diffuser:Omni-Bounce)

写真をある程度真剣に撮っている人であれば、その人なりのこだわりを持っていることでしょう。
それは被写体の選び方、機材、撮影テクニック、画像処理などなど、多岐にわたるでしょう。一つ一つ語っていけばきりがないものだろうと思います。

個人的なこだわりのひとつに、「一回の撮影で人に見せる写真は一枚だけ選ぶ」というのがあります。何十枚、何百枚と撮ると、これはまあまあいけるんじゃないかと思える写真が複数残ることがありますが、そういう時でもその中から一枚だけ選ぶということです。
似たような写真を何枚も見せられても見ている方は退屈だろうという考慮もあるのですが、一番の目的は「自分の選択眼を養うため」ということになります。

わずかなアングルの違い、被写体の周りの空間の大きさやバランス、露出、光の当たり方や影の状態、ピント位置、被写界深度、ボケの量や質、などなど、パッと見はほとんど同じ写真でもよく見ると違いはたくさんあるものです。その中で最良の一枚を選ぶというのは非常に難しいことで、時には撮影自体よりも困難な作業となります。一枚一枚絞っていくたびに次の選択は難しくなっていき、最終的に残った二枚から最後の一枚を選ぶのは非常な葛藤と戦うことになります。

そういった葛藤と戦う際には、どちらの写真がどこがどのように良くてもう一方はどこがどのように良くないのかを真剣に考えざるを得ません。その「真剣に考える」というプロセスが重要なわけです。「写真は引き算である」とよく言われますが、その引き算に真剣に取り組むことによって自分なりの引き算のやり方(=選択眼)が洗練されていくだろうという考えです。

写真はいうなれば撮影者の視点を他の人と分かち合うものですが、選択眼を鍛えることは撮影者としての視点を鍛えることとほぼ同義となり写真のスキルアップに直接繋がる行為だと考えています。

こういうことをしていて思うのは、写真を撮るということは被写体に向けてシャッターを押すだけでなく、その前後でやるべきことが山のようにあるということです。そういった行為をすべて含めて「写真を撮る」という行為になるのでしょう。また、良い写真を撮るためにはその一連の行為すべてをそれぞれ鍛える必要があるのでしょう。道のりはまだまだ遠そうです。
 
OLYMPUS エレクトロニックフラッシュ FL-36ROLYMPUS エレクトロニックフラッシュ FL-36R

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Posted on 2010/08/28 Sat. 08:33 [edit]

tag: ひとりごと  写真 

作られた自然。 

Black & Red
(camera: panasonic LUMIX DMC-G1 lens: LUMIX G VARIO 45-200mm + Raynox DCR-150)

都市部で虫の写真を撮っていてひしひしと感じるのは、人間が作った都市空間というものは虫にとっては極めて厳しい環境であるということです。
虫に限らず、都市はある範囲の年齢の人間以外のあらゆる生物(人間の子供や年配の方なども含む)にとって厳しい環境ですが、特に虫にとってはつらいところだと思います。

きれいな花であれば花壇に植えてもらえますし、街路樹や公園に植えられた木などは大切にされています。しかしながら、そういった人工的に植えられた花や木を生活の場として暮らしていける虫の種類は限られます。
人間が雑草と呼ぶ足元に生えているような草にはたくさんの虫が生活しています。夏になると公園や川の土手などにエノコログサなどのいわゆる雑草が生えてきます。それと共にそれを食草とする虫も増えてきます。東京23区内でも場所によってはトノサマバッタや大きなショウリョウバッタなどにも出会えることがあります。

ところが、虫との素晴らしい出会いがあった場所に翌週行ってみると草がすっかり刈られていて虫が全滅しているということがよくあるのです。夜になると虫の美しい声を楽しませてくれた公園も、草を刈った日の夜から虫の音がパッタリと止んでしまうのです。
同様にカメムシが、ササグモが、シジミチョウが、ハムシが、あっという間にいなくなります。どこかに隠れているわけではなく、生活の場が完全に奪われてしまったので根こそぎ全滅してしまうのです。

雑草が一本たりともないほどに整備され美しい花が咲き乱れる公園、それは決して自然が豊かな公園とは呼べないと思います。
そういった人間の手が入りすぎた環境は生き物を限定利用した人工物とも言えるものであって、「自然」とは言えないでしょう。

このように公園は人工的であり続けていますが、近年は都市部の川には徐々に自然が戻ってきているようです。下水処理などが進んで水がきれいになってきており、魚やエビなどの水生生物が増え、それと共にそういったものを食べる水鳥なども増えているようです。自然で大切なのはこういった積み重ねによる多様性であって、単に花や木などのごく限定された生物を一定数置けば良いというものではないでしょう。

その辺の道ばたで虫の写真を撮りながら、虫を含めたあらゆる生き物と人間が普通に共存できる都市空間が実現される日が来れば良いなと願っています。

Posted on 2010/08/20 Fri. 16:10 [edit]

tag: ひとりごと  写真  自然 

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